ウイメンズライフコーチYoshief の日記のようなものです


by Yoshief
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31

<   2015年 01月 ( 4 )   > この月の画像一覧

小林カツ代さん一周忌

 1月23日。

 今日は小林カツ代さんの一周忌です。

a0224950_14174296.jpg

 wikipediaによると・・・

 1970年(昭和45年)にはエッセイストとしてデビュー。以降、多数の料理本やエッセイを著作した。

 1979年(昭和54年)から26年に及び、「きょうの料理」をはじめとするNHKの料理番組に出演し料理研究家として広く認知された。

 都内で生活雑貨店や喫茶店も経営しており、1990年(平成2年)には小林がデザインした家庭料理の器「kiai」がグッドデザイン賞を受賞している。

 2000年(平成12年)には英語版の料理本『The Quick and Easy Japanese Cookbook』がグルマンの最優秀賞を受賞。

 晩年は大阪信愛女学院短期大学の客員教授を勤めていた。


 というご活躍ぶりでした。


 こうして見てみると、栗原はるみさんのように器のデザインもしていらしたんだということがわかります。

 カツ代さんが、グッドデザイン賞を受賞するような器をデザインしていらしたことが、あまり知られていなくて、栗原はるみさんの「ゆとりの空間」が有名なのは、広告宣伝の仕方が違ったからなのでしょうか。

 セルフブランディングについて、考えさせられる事例ですね。


 結婚当初は、味噌を水で溶いて、もどしていないわかめを入れた味噌汁を作って出したという逸話のあるカツ代さん。
 そんなお話を聞くと、努力次第で成功できるのだと、励みになります。

 

[PR]
by Eclairer_Japon | 2015-01-23 06:30 | 日記

珈琲を楽しむ時間

a0224950_21110841.jpg

珈琲を楽しむということは、時間を楽しむということですね。

コーヒーメーカーで入れてもかまわないんです。

ゆっくりカップを選び、温め、香りが立ってくるのを待つ。

できたての珈琲をゆっくりそそぎ、手のひらで包んで、窓際に立つ。

景色を楽しみ、時間を楽しみ、珈琲自体の味と香りを楽しむ。

そういうピリオドがあるから、人生が豊かになるのです。



[PR]
by Eclairer_Japon | 2015-01-19 21:19 | 時々に想うこと
a0224950_16191613.jpg

 神戸に帰った頃が、成人の日だったからもあるだろうけれど、1月17日を前に、テレビでも新聞でも、神戸は震災の話でもちきりだった。

 あれから、20年が経つなんて、信じられない思いがする。

 あの朝2階で寝ていた私は、揺れで起きて、すぐに階段を下りた。

 思えば、階段を照らしていた電燈の笠が割れて、ガラス片が落ちていたと思うのだが、素足で下りた私も母も、ケガはしなかった。

 近所の人が数人、懐中電灯を振りながら名前を呼んでいて、「はーい」と答えながら玄関扉を開けようとしたが、地震で家自体が狂ったのか、引き戸がなかなか開かずにパニックになってしまった。

 私は得体のしれない恐怖にかられて、必死でドアをあけようとしていたが、母は戦争をくぐりぬけてきただけのことはあり、いたって平静で、トイレに行ったりしていた。

 やっと扉があくと、十人以上の人が道に、毛布をかぶった状態で立っており、誰かが家から持ち出してきたラジオが鳴っていた。
 地震ということはわかったけれど、何が何かわからず、私は家にもどって着替えると、散らかった一階を片付けることにした。

 ふつうなら職場に行くところだが、こんな状況で働きに行けるものかを考えているあいだに時間が経ち、ようやく10時半ごろになって、「やっぱり行ってくる」と言って、職場に向かった。

 職場には私同様、徒歩で通える人だけが来ており、めちゃくちゃになった事務所を片付けていたら、長田のほうからバイクで来た人が、「第一勧銀も壊れ、センター街のアーケードが崩れている」と見てきたことを話してくれた。

 第一勧銀のビルは大正時代かもっとずっと前に建てられた石造りの建物で、とても壊れそうにないものだったから、本当のこととは思えなかった。

 我が家は幸いに半壊状態で、住める状態だったので避難所には行かなくてもすんだ。

 電気が通じたら、ご飯も炊けるし、電気カーペットも使えたので、避難所に行かざるを得なかった人たちに比べれば、天国にいたようなものだった。

 たくさんの家が倒壊したので、お金持ちもそうでない人も、家が無くなった人は皆、避難所に行った。
 私の親友の両親も、家が倒壊したので避難所に入ったが、お母さんのほうは避難所内でのリーダーになり、お父さんはハワイへ脱出してゴルフをしていたのだそうだ。

 地震のあとすぐに、友人の消息を聞きに彼女が通っていた教会に行って皆で祈ったのだが、人々が口々に「地震のあったのが未明だったので良かった」と言っていた。
 さもなければ、たくさんの身元不明者が出ただろう。

 また、「地震があったのが神戸で良かった」とも言っていた。
 これが東京などだったら、被害はもっと大きくなっていただろうと。

 たくさんの死者・行方不明者が出たけれど、阪神大震災を教訓にしてその後、防災計画が改良・改善された。それで少しは、亡くなった方々も報われた気持ちになられたのではないかと思う。

 1月17日から始まった苦難を、いつまでも決して忘れずに、亡くなった方々のご冥福を祈り続けたいと思う。

[PR]
by Eclairer_Japon | 2015-01-16 07:00 | 時々に想うこと

帰省してきました

 年始に帰らなかったので、4日間ほど帰省してきました。
 暑かったので、羽田空港ではアイスコーヒーをゲット。

a0224950_14053799.jpg


 9日。神戸空港には16時半着。
 伊丹空港を選んでも神戸に着く時間は同じくらいなので、羽田で1時間待って、神戸空港行に搭乗しました。
 小さいけれども、可愛い空港です。

 
a0224950_14054135.jpg
 
 10日。友達と舞子ビラに一泊。日本料理の有栖川さんで食事。
 話すことは尽きず、寝落ちしたのは午前3時半。

a0224950_14174296.jpg
 翌日は、二人が大好きな大丸百貨店へ。
 

 昼食は、栗原はるみさんの「ゆとりの空間」で・・・

 12日は、映画「バンクーバーの朝日」を見たかったのだけれど、母が胃が痛むとか言い出したのでキャンセルして、サッカーアジア杯を観戦。
 勝つのは当たり前と思って観ていましたが、何よりも遠藤のゴールが嬉しかった~!


 13日。伊丹~羽田経由で帰宅。
 羽田空港で、新蕎麦ののぼりをみつけて昼食。

a0224950_14175143.jpg

 私が留守の間に降った大雪のために、街は雪に沈んでいました。

 我が家も例外ではなく、雪に埋もれていました。

 一階の窓が雪に埋もれた状態がこちらです。

 


 サッシのレールを写さずに、少しカメラを上向けると、こんなかんじです。
a0224950_14323865.jpg
 まったく雪のない神戸の街から、この状態に突然ワープすると、本当に悲しい気持ちになります。




[PR]
by Eclairer_Japon | 2015-01-15 14:41 | 日記